信長の野望 大志 プレイレポート 第二弾 第6章 蠣崎家、奥州から世界へ

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さて、伊達家も完全に吸収して、東北をほぼ手中に収めました。あとは当然、

為信「殿、次の狙いは…」
「訊くまでも無かろう」
為信「はっ、相馬家でございますね」




1593年9月、

義光「相馬家との同盟の期限が来ました」
「うむ、年貢もしっかりと収められたな。よし、相馬家に対して宣戦を布告せよ!」





政宗・義光「それでは、出陣いたします」
「うむ、頼むぞ」

伊達軍と最上軍に分けて出陣してもらいました。




政宗「相馬中村にて、敵と遭遇、これより撃破する!」

「双頭の龍」という作戦、初めて見ました。
もちろん勝利。あとは兵糧がもったいないので全部強攻で攻撃しました。

11月、




政宗「相馬家に所属する城、全て掌握いたしましたぞ!相馬盛胤も捕縛した!」


そして…、


「盛胤殿、お初にお目にかかる」
盛胤「…」
「盛胤殿には、これまで通り、相馬中村城を治めてもらいたい」
盛胤「はっ…」
為信「他の城は如何いたしましょうか。岩城家からは再興の願いが出ておりますが、旧領は北条家のものとなっております」
「そうだな…、岩城家は長く続く名門、小浜城に入ってもらおうか」
(岩城)親隆「ありがとうございます」
(大内)定綱「殿!我が大内家についてもぜひご配慮のほどを…」
(二本松)義継「殿、二本松家もぜひ!」
為信「い、如何いたしますか…。旧領は大内家は小手森城、二本松家は二本松城が北条家に奪われたままでございますが…」
「ならば、二本松家は小手森城に居候するがよかろう。無論、二本松城が手に入った暁には、以前の領地に戻してもよい」
定綱・義継「ははっ!」

政宗「殿、私からも一つよろしいか」
「なんだ?」
政宗「田村家についてもぜひ検討していただきたい」
「そうか、おぬしの正室の実家であったな。旧領は…、どこであったかな」
政宗「そ、それは…」
為信「三春城でございますな…」
「なるほど…、ではとりあえず小高城にでも入ってもらおうか」
盛胤「お待ちくださりませ!小高は代々相馬の土地、一時(いっとき)とはいえ、田村の家の者に入られるのは…。代わりに丸森城が空いております」
「そうか。まあよい。いずれ三春城が手に入れば解決する問題だ。田村家は丸森城にて再興するがよい」
盛胤「ははっ」
政宗「はっ」

こうして、所領の分配は終わった。
その後…、


為信「殿、とうとう奥州を平定なさいましたな」
「うむ、これからは世界に目を向けなければならぬ」
為信「御意、して、次の目標は…」
「…、やはり真田であろうな」
為信「しかし、これまで以上に作戦には慎重にならねば。真田は昌幸・幸村親子の軍略が冴え渡っているうえに、岩代国内には兵を展開するのに足る土地が非常に少のうございます」
「少ない兵で戦わざるを得ず、しかも敵はあの幸村、というわけか…」
為信「はい、これまでは野戦で敵を撃退し、兵を減らしてから、城を落として回るのが基本戦略でございました。もし、真田と野戦で決着を付けるのであれば、沼田城で戦うほかありませぬ」
「沼田城か…、岩代を抜けて上野(こうずけ)まで移動し、沼田城を包囲するということか」
為信「はっ、岩代ではこちらの数に怖れ、手は出してこないでしょう。しかし、真田ゆかりの地である沼田城を包囲したとなれば、野戦を行わざるを得ません。沼田城下ならば30000は展開できるかと思います。敵はいくら集めても22000には足りないはず」
「それでも厳しい戦いになるであろうな…」
為信「はい、ですので、沼田城を目指す本隊とは別に部隊を用意し、沼田城救援に向かっている間に岩代の国を制圧するのがよいかと」
「あい分かった。その線で作戦を考えてくれ」
為信「はっ、では指揮を取る政宗殿と義光殿と話を付けて参ります」

という作戦にしました。
沼田が真田ゆかりの地であるという話は適当に創作したものです(笑)。


1594年2月、




「戦機熟したり!真田へ宣戦を布告せよ!」
政宗「あい分かった。沼田城へ進撃する」
為信「わたくしも参謀として同行させていただきます」


うっかりしていましたが、上田城も真田領でした。まあこここそ真田ゆかりの地なわけですが。
っていうか沼田城まで遠い!三ヶ月も掛かるとは思ってなかった!





義光「殿、真田は黒川城下の藤倉に着陣したようにございます」
「ううむ…、あそこでは大兵力が展開できないな…」
義光「沼田城を包囲することで、沼田へ移動してくれるとよいのですが」
「政宗に野戦で勝ってくれるよう祈るしかないな」






政宗「予定通り真田軍と遭遇した!昌幸など蹴散らしてくれるわ!」





政宗「よし、勝ったぞ!勝ち鬨を挙げよ!」

兵の損耗は大して変わらないのですが…、まあ勝ちは勝ちってことで。幸村隊を取り囲んで袋叩きにしたのが良かったようです。





「よし、今だ!義光、岩代に攻め込め!」
義光「ははっ」!

(余談ですが、ここから画像が綺麗になっています。理由はグラボを追加したからなのですが、そのときのことは別に記事にします)





義光「殿!真田を滅ぼしました!」


最初は政宗が攻め込んでいたのに何故義光なのか疑問に思った方がいるかもしれませんが、上田城下で野戦で負けてしまったので…(笑)。





「昌幸殿、お初にお目に掛かります。昌幸殿の智、幸村殿の武、どちらもわたくしにとって非常に重要な家宝にございます。どうか、お力を貸していただきたい」
昌幸「(喰えぬ男だ…、まあ、いいだろう)」
昌幸「ご随意に…」





為信「殿、とうとう我々が日の本で国力が1位となりましたぞ」

東北を制圧することで国力1位なんですね。人口が少なく、兵糧収入もなかなか増えないのですが…。武将の多さなどが影響しているのでしょうか。
次回へ続く。

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